あれってのは何時のやりとりだったか。正確なところを思い出せないくらいだから、本当に他愛のない時の、他愛ないやりとりだったんだろう。
「なあなあ、ゾロってあんまり年を取らないまま凄んごい長生きしてんだろ?」
「? まあな。」
「じゃあさ、いつかは俺の方が先に爺さんになるんだろうな。」
「…そう…かも知れんな。」
即答しなかったことへと素早く反応したあいつは、そりゃあ判り易くも“むむう”と唇をひん曲げた。
「何だよ。俺は長生き出来ないってのか?」
「いや、そういう意味じゃねぇけどさ。」
ただ単に。爺さんになったルフィが想像出来なかっただけ。目許を眇め、唇を尖らせての、精一杯のくしゃくしゃ顔をして見せても、それでもやっぱり幼いこの坊やが他の姿に変わってしまうだなんて。俺にとっては、そう、正に想定外なことだったから。それを他でもない当の本人から言われようとはねと、意表を衝かれて言葉が出なかっただけ。そんな微に入り細に入りな言い訳が、咄嗟に出るほど気が利いた性分じゃあなかったから、先の短い一言しか言わずにいると、
「じゃあさ、
先に俺が死んでもさ、次の生まれ変わりの俺と、
どっかでまた会えるんかな?」
そんなとんでもないことを、けろんと言い出す無邪気な子供。先に自分が死んでも、だってよ。
「…。」
「なあって、」
そういやそうなんだよなって、色々と感慨にふける暇いとまさえ与えてくれないのは、こんなの言葉のあやってやつで、ルフィにしてみりゃ単なる例え話だからだろか。
「逢えるさ。」
「ホントか?」
「ああ。俺が絶対見つけるから。」
「絶対か?」
「ああ。絶対に見つける。お前でなきゃこんな風に傍に居たいとも思わない。」
「そっかvv」
まだ知らないというよりも、実感がないのだろうに、そんな恐ろしい話を明日の予定のように言ってのけてしまえる子供。でもなあ、やっぱりちょっと違和感があったのは、次の生まれ変わりの俺…なんて言い出したからだろな。今をとことん大事にする子なのに。大切な自分の将来のことさえ、あんまり考えない子なのにな。それが何でまた、一足飛びにそんな言いようをしたんだろか…。
序
今年の梅雨ってば“西高東低”だよな、なんて。即妙なんだか意味不明なんだか、それこそ“微妙な”言いようをしていたルフィであり。
『…何じゃそりゃ。』
『だってよ。こっちじゃこんな降ってるのに、関西の方とか結構晴れてるってよ。』
柔道の東西交流戦でメル友になった kinakoちゃんが、向こうは梅雨入りしてからの方が晴れの日が多いって言ってたぞ。今年の前線ってやつぁあ、東日本にばっか停滞しやがって。それって、低気圧がずっと居座ってるってことじゃんよ…なんて。どこまで判って言っているやら、天気図からの“科学的な感慨だもんよ”と胸を張る坊やだったりし。
『けど、沖縄とか四国じゃあ降ってるそうだぞ?』
同じ天気図から、緑頭の破邪殿が言い返せば、
『沖縄とか四国は“西”ってゆーより“南”じゃんか。』
そういや知ってっか? ゾロ。そういう言い方するなら、北日本ってのは東北とか北海道とかのことなのにサ、富山とか石川の人が自分たちんトコだって思うらしいぞ? 話を大いに脱線させてから、
『は〜やく晴れてくんないかなぁ。せっかくプール開きしたのに、まだ全然泳げねぇんだもんよ。』
結局のところ、そんな判りやすいことを思っての話であったらしく。居間のソファーにお膝から乗り上がっての後ろ向きに上がり込み、背後にある大窓から、まだぼんやりと明るい庭の方を恨めしげに眺めやる。今日もしとしとと朝からのこぬか雨が降りしきっており、これで曇天を挟んで何日目になる湿った空やら。これでも柔道では日本代表という身の、体力有り余りな坊やにしてみれば、いよいよ活動的ないい気候になって来たのだから、青空の下で思い切り駆け回りたいし、泳ぎもしたくて堪らないのだろう。
『む〜〜〜。』
電車のシートなんぞでやると、まずは叱られよう お行儀の悪い座り方が、なのにその小さな背中の ちょこりとした印象が、何とも可愛らしい姿だったりするもんだから。保護者代理の守護のお兄さんの胸中にも、叱るより先に“しょうがねぇな”という感慨が浮かんでしまうようで。
『ほ・ら。そんな顔してんじゃねぇよ。』
少しずつ暗くなりつつ窓ガラスが、鏡のようになってゆき、そこに映ってる坊やの不貞腐れたお顔を鮮明にする。膨れっ面も可愛いっちゃ可愛いが、
『蒸し上がったが、喰うか?』
ひょいっと。そんなお顔の前へ、ふっかふかの蒸しパン(坊やの顔と同サイズ)を差し出せば、
『わっvv』
一気に笑顔が戻る現金さよ。喰う喰うと手を出すのへ素直に差し出し、一気に喰うと喉につかえるぞと、言ってる傍から自分の胸板をどんどんと叩く坊やへ。それも見越してのオレンジジュースをそそいだグラスを差し出す。
――― っかーっ! 美味いっ!
そっか、もう一杯飲むか?
いやジュースがじゃなくて、蒸しパンが美味い。
おだてても1個しかないぞ?
寝る前に腹が膨れ過ぎると、血行が消化活動に集中しちまって、あんまりよく眠れなくなるそうだ。そっか、そりゃ残念だ。しみじみと言うお顔がまた、そんな程度のことへそこまで真摯な表情になるかというほどの真顔だったのが…、
“………ちっ、可愛いじゃねぇか。”
破邪様、もしかして“終わって”らっしゃいませんか? それ。(苦笑)
……………………………………………………………。
何でまた、そんな会話を交したことをふっと思い出していたのやら。はっと我に返ったのは、玄関の方の表から“かっしゃーんっ”というアルミの門扉を勢いで叩き閉じるいつもの物音がしたからで。あの野郎、何遍言ったら辞めるやらと、溜息をつきつつも、
「……………と。」
手元でぱちっと油が撥ねたのへ、もう一段階ほど…きっちりと現実の 我へと返ったゾロであり。いかんいかん。火を使っていたのに ぼ〜っとしてただなんて。菜箸で裏を返すと丁度いい焼き加減だったので、タレが焦げてないのを確かめつつ、フライパンをかけていたガス台の火を落とし、
「…足りるよな?」
油きり用の金網つきのトレイには、グローブを伏せたようにも見えかねないほどのお山になってるポーク・ジンジャー。すぐ傍らの調理台には、シューストリングタイプのフライドポテトに、サニーレタスとトマトも天こ盛りにした大皿があり、甘辛いポークたちが盛り付けられるのを待っている。がんもと三度豆の煮物にポーチドエッグを落としたお澄ましを仕上げ、さてとテーブルの方へ大皿をセットしたところで、
「ぞろぞろぞろっ!」
たった一人なのがご不満か、自分のお口でいかにもたくさんいるかのような擬音を立てつつ駆け込んで来た小さな坊やへ、
「一遍呼んだら判るっての。」
それより、その前に“ただいま”だろうがと。何とも家庭的な言いようと裏腹、結構な迫力を滲ませた鋭い目許を、まるで猛禽が獲物の野兎でも睨み据えるように眇めた青年はゾロといい、
「だって、凄げぇんだぜ! また当たったもんっ!」
そうまで恐ろしい“めっ!”もどこ吹く風で、淡いブルーの長1号、A4版のものを2つ折りにして入れられるサイズの封筒をその手へ掲げてる。
「それは?」
「今、郵便受けから取って来たっ!」
ここいらの郵便配達は、大体昼前寸前くらいの時間帯に回って来る。速達は知らないが書留ならば家人へ手渡しするのが原則なので、声かけがまずはあろうから“入ってた”状態になっているはずはなく、
“他所んチの書留のついでか何かで配達されたんだろか。”
夕飯のメニューは昨日の買い物で間に合ったんで、今日は買い物にも出ていない。なので、ずっと家にいたのにな。なのに、気がつかなかったなんて…とやや怪訝そうな顔をしているゾロの傍らまで寄って来て、
「ほらっ、また当たったんだってばっ!」
人の鼻先で封筒をぶんぶんと振り回すもんだから、
「まあまあ落ち着け。」
破邪様の大きな手のひらが、まとまりの悪い髪の乗っかった、坊やの真ん丸な頭の天辺へと伏せられる。興奮状態のそのままに跳びはねてもいたものだから、衣替えがあったばかりの夏の制服、開襟シャツの背中でデイバッグがゆさゆさ揺れてもおり。小学生か、お前は…と諭されると、多少は気持ちも落ち着いたか、動作の方は止まったが、
「だから、これっ!」
どっちが聞き分けのない子なのやら。鼻先をぺしと叩くように差し出された封筒を、判ったからと受け取れば、今度は早く開けろと急っつく坊やで。これは言う通りにしなければ落ち着かない彼だろうと諦めて、
「ほれ。判ったからあっちで読もう。」
すぐお隣りの居間へ座を移そうなと促せば。ご主人様に“遊んで遊んでvv”とまとわりつく仔犬みたいに、潤みの強い大きな眸にて懸命にこちらのお顔ばかりを見上げて来る坊やの、そんな様子の何とも可愛らしいことと、ついつい目許口許が緩みそうになる保護者代理が…どういう意地からか、何とか頑張って表情を保つと、ソファーへと腰掛ける。
「えっと? ○○製菓株式会社?」
「おうっ! ミラクルぱふぱふっていうチョコの麩菓子を60本喰って、クーポン券を送ったんだぞ? そしたらペアの招待券が当たったんだっ!」
「60本〜〜〜っ?!」
いや、一遍にじゃないけどなと、そこはさすがに真顔になって訂正を入れた坊やであり、
「20点1口だったから3口でって送ったら、それが当たったんだっ。」
くっつくほどもの真横に並んで座ったそのまま、参ったかと言わんばかり、むんっと胸と腹を張るルフィだったのが、
「………。」
ワクワクと見張られた大きな眸といい、真横に伸ばされて今にもあふれんばかりな笑みを頬張る口許といい、ああ、またもや可愛らしいじゃああ〜りませんか…と見ほれた保護者代理だったりし。しっかりせんかと、誰か言ってやって、言ってやってよもうっ。(苦笑)
「ゾロ?」
「あ? ああ、いや、うん。そっか、当たったのか。」
またまた買い食いの成果らしいことを匂わせているというのに、ぼんやりしていた疚しさ、そこを叱るタイミングを逸したあたりは、保護者代理失格な破邪様で。封筒を開けて見ると、中にはつやのある上質紙のパンフレットやら説明書やら。結構ごっちゃりと色々入っている模様。数頁ほどを綴った小冊子も入っていて、
「…ドラゴンメイデン・ファンタジーワールドの旅?」
夏にでも撮影されたものだろう、それは鮮やかな色調にて紺碧の海に浮かぶ緑に覆われた島を空中から撮ったらしい写真の周辺を、アニメチックなイラストが飾っているという表紙に、大きめのゴシック体にて刷ってあったのがそんなタイトルで、
「おうっ! 今ネットで流行ってるオンラインゲームのことだっ!」
そういえば。封筒の下の方にも、同じ絵柄の女の子の姿が印刷されており、
「俺はやったことないんだけどもな、結構流行ってるそのゲームの舞台になってる、中世の町とかお城っぽいのを実際に建てて作ったテーマパークみたいのが、今度 舞州の方に出来たんだと。」
元からあったマリンランドとも違う系列のもので、どっちかというと幕張の某ネズミーランドに対抗してという勢いで作られたもの。全年齢層向けの少年誌というより、各々で読者層の住み分けをきっちり区切ってる雑誌を何種も出版している雑誌社をバックアップしての、美少女ゲームやファンタジーRPGが近年爆発的に売れている企画社の打ち出した、体感アトラクションパーク。
「ドラゴン・メイデンとか、ルナティック・サーガとか。あと、あっ。聖魔水滸伝も鬼夜叉もあるぞっ!」
何が何やらというタイトルの羅列に、眸が点になりかかってるゾロへ、だからこれは主人公が経験値を貯めながらレベルアップしていって、世界を滅ぼそうとしている魔王をやっつけるお話でとか、パンフレットに刷られた女の子や剣士を指差しながら、ルフィが1つ1つ教えてくれる。
「そんでな? このテーマパークには、そんなキャラのコスプレをした案内係が居て、お客も自分の好きなキャラに仮装して、アトラクションとかで遊べるようになってんだ。」
早い話、ネズミー・シーとか大阪のU○Jみたいなセットを仕立てた街や公園、お城やアスレチックパークっていう作りの敷地全部が、一大コスプレ会場みたいになってる訳やね。
「お客の層をきっちり限定した“遊園地”みたいなもんか。」
限定し過ぎの傾向もありますが。(苦笑) でもまあ、昨今のメイド喫茶だの執事喫茶だのの繁盛振りという例もありますし、いい大人がイメクラでのシチュエーションプレイにハマってるって話はなかなか廃れませんしねぇ。(笑)
「??? 何だそれ?」
健全な青少年は知らんでよろしい。
“まったくだぜ。”
お? 破邪さんは知っているのかな? さすがは伊達に長生きしてないってか?
「……………っ。(怒)」
判ったって、もう煽りません。で、そんな遊園地へのご招待というのが当たったって訳であるらしく、
「なあなあ、行くよな? これっ!」
園内に凄げぇ豪華なホテルもあってサ、海の幸が山盛りの御馳走が、喰い放題なんだってよ? あと、個室に露天風呂がついてるし、海の見えるじゃぐじーもあるし。アトラクションの中に“スタンプラリー”っていうのがあって、制覇出来たらゲームにも出て来る竜騎兵の金貨っていう純金のコインが小箱いっぱい貰えんだって! と。なんて楽しいところなんだ、行くよな?行くだろ?行くに決まってるよな? …と。そこまで言われたら従う他はなかろうがの勢いで訊かれた日にゃあ。(苦笑)
「判ぁーかったって。」
言うこと聞くまで容赦しないんだろし、せっかくの晩ご飯が冷めるのも何だ。判ったから、ほれ、飯を食えと、キッチンまでの逆戻り。席に着かせて電気釜の蓋を開け、ご飯をよそう。
「まったく、手当たり次第に応募してんじゃねぇよ。」
「え〜? だってせっかく俺くじ運いいんだしよ。」
使わにゃ勿体ねぇじゃんか。そんな言いようをするもんだから、そういや前にも懸賞で当たったっていう旅行に行ったけど、あれも確か高校受験を控えてた今頃じゃあなかったか。妙なことが巡り来る運気をした坊やにも困ったもんで、
「あほう、そういう運は全部、受験に取っとけ。」
「あ、俺そんなもんで合格しねぇもん。
あくまでも実力で入るんだかんな。」
ご尤もなご意見をする破邪殿へ、ポーチドエッグをホカホカご飯の上へおき、醤油を垂らしながらつぶしての半熟卵かけご飯を作りつつ、一丁前な反撃を繰り出す坊やだったりし。お元気溌剌しまくりか、はたまたほのぼのしてんだか。よく判らない晩餐は、今夜もにぎやかに進むようでございます。
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*さぁて、満を持しての後編というか続編の始まりですが。
そもそもからして、あんまり大層なお話にするつもりはなかったのに、
どこでこういう運びになっちゃったんだか。
人生、至るところに迷路ありってか?(おいおい) |